最近さまざまなところで騒がれている映画「靖国 YASUKUNI(以下 靖国」であるが、
コレについて私の方から、ちまたで叫ばれている声について意見を少々。
あちらこちらで「国会議員を対象に事前試写会を行わされたのは『検閲』だ!」
と叫ぶ声が聞かれるが、一つ一つ問題を整理してみよう。
取りあえず、超愛国者(うよk)かどっかが街宣車で押しかけて
多数の映画館が映画の公開を断念したのは、
国がやったことでも国民の代表(国会議員)がやったことでもないので
ここでは論じない。
また、公開を断念した映画館が続出の上に、公開は4月12日の予定だったはずなので、
私は映画を観ていないし観る予定もないので、内容についてもまた、ここでは論じない。
論点はあくまでも「国会議員を対象に事前試写会を行わされたのは『検閲』か」。
まずは、「国会議員を対象に事前試写会を行わされたのは適切であったか」。
この映画の制作には直接的、もしくは間接的に<どちらなのかは知らない
税金から補助金が出ている。<こちらは事実
ということは、補助金を出した人物、つまり税金を払っている国民の
その代表(国会議員)が自分たちが補助した映画はどういうものであるのか、
国民の税金は正しく使われているのか。
それを知りたいと思うこと、そして知ることは不適切なことだとは到底思えない。
「四の五の言わず金を出せ。内容には関わるな」などと言われても、
さすがにNoと言わない日本人といえどもYesとは言わないだろう。
極端に言うなら「補助金で出来上がったのが違法ポルノ映画でした」じゃ、
国民が違法なポルノ映画制作の片棒を担いだことになってしまう。
公開される前に国会議員(国民の代表)が内容を知り、場合によっては
補助金を返還してもらおうと判断することは適切だ。
そして「反日映画っぽい」と噂だけで判断するのではなく、
「とりあえず内容を確認してみよう」という動きになったのも、問題はないと言えるだろう。
次は「検閲」の意味を考えてみよう。
検閲とは「行政権が、思想内容等の表現物の発表前にその内容を審査した上、不適当と認められるものの発表を禁止すること(最大判;昭和59年12月12日)」
行政権が発表を禁止すること、つまり、
国家がこの映画の公開を禁止した場合にのみこの「検閲」という言葉は当てはまる。
ちなみに、国会議員は国民の代表であって、国ではない。
今回の映画「靖国」に関しては、「映画館が公開を断念した」という事実は、
「国が映画の公開を禁止しなかった」場合にのみ起こる事。
映画館側は公開しようとしたのだが、超愛国者の圧力の故に断念したのだ。
表現物を公表することは国によって制限されなかった。
だから、映画館は映画を公開しようとした。公開するという選択肢があった。
表現物や言論を公開する自由は侵害されなかったのだ。
つまり、「検閲は行われなかった」。
(事前試写会は国民の代表が対象であり、かつ国が行わせたものではない)
と、いうことは、
「国会議員を対象に事前試写会を行わされたのは『検閲』か」
言い換えれば
「出資した補助金の元である税金を納めている国民のその代表達が、血税が正しく利用されているかの判断をするために発表前に映画の内容の確認を行ったのは、国家による表現の自由の侵害か」
国は何もしておらず、また表現の自由は侵害されていない故に、検閲ではない。
それが結論。
2008年04月11日
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